至福のバイロイト・サウンド

 ワーグナーの「ニーベルングの指環」(以下「リング」)との出会いは、学生時代、ショルティ指揮ウィーン・フィルLP19枚(1958-65年録音)を友人の家で全曲聴いたのが最初でした。1970年ごろです。

 つづいては1973年7月にベームのバイロイト・ライブの「リング」LP16枚組です。

 フィリップス・レーベルを発売する日本フォノグラム(現ユニバーサル ミュージック)に入社したてだった私は全曲連続レコード・コンサートのイベントで演奏係を仰せつかり、LP16枚ですので、表裏32回も針を落とす役目を担いました。

 

 ショルティ盤はデッカがウィーン・フィルの録音会場として常用していたソフィエンザールでのセッション録音で、デッカ・サウンドの真髄ともいえる鮮明さでまさに録音芸術の一つの究極です。楽器や歌手の位置関係が目に見えるようにスピーカーの間に並びます。

 ベーム盤はワーグナーの聖地バイロイトでのライヴ収録です。こちらはフィリップス・サウンドの真髄ともいうべきより自然な音場です。それでも迫力ある生ま生ましい音で迫ってきます。ショルティ盤もベーム盤も全曲を聴き通すと、何週間もライト・モチーフが明けても暮れても頭の中になり響き続けます。ワーグナー中毒患者の誕生です。

 

左右逆?

 ベームのリングは発売されると、左右チャンネルが逆ではないかとの問い合わせが何件かありました、

 つまり、第1ヴァイオリンが右チャンネルから聞こえるというのです。

 でもこれは間違いではなく後述するようにこれはバイロイト祝祭劇場のオケ・ピットの構造からきています。

 しかし、ベームの録音を聴いて私には疑問が沸々と湧き上がりました。こういう構造だと客席では完全にブレンドされた響きになるのでは?

 

ついにバイロイトへ!

 

 これを確かめるにはバイロイトに行くしかありません。ご存知のとおりバイロイトのチケットを入手するのは簡単ではありません。ところが2009年に突然その機会は訪れました。機会あるごとにバイロイトを聞きたい、聞かなければ死ねないと周囲にわめいていたのが功を奏すしたか、急に行けなくなった方のチケットを譲り受けたのです。

 とうとうその日は来ました。2009年のバイロイト祝祭音楽祭開幕の日の7月25日、ペーター・シュナイダー指揮による「トリスタン とイゾルデ」です。 

 慣れない正装で硬い木の客席で待ちます。いよいよ前奏曲が始まります。オーケストラの響きが天井から降ってくるようで、からだ中がブレンドされた至福の響きに包まれます。しかも個々の楽器の音は明瞭に聞こえます。

 これは、まさに想像していた通り、いやそれ以上のえも言われぬ響きです。

 ワーグナー のオーケストレーションというと、ものすごい音量で派手というイメージがありますが、バイロイトの現地で聴いた響きはまったくそれとは違って、柔らかくて、深くて、歌手もまったく無理をして歌ってるという風ではありませんでした。

 これぞ私が求めていたオーケストラの理想的な響きです。

 もちろん、指揮者は演目によって異なります。この年は他に「マイスタージンガー」(ヴァイグル指揮)、「ジークフリート」(ティーレマン指揮)にも行きましたが、余計なことは何もしないといわれているシュナーダーの演奏に私は一番感動しました。 

 

 写真をご覧ください。オーケストラから客席は全く見えません。客席からオーケストラも全く見えません。客席との間には巨大な壁が覆いかぶさるようにそびえています。

 つまり、通常の配置だと第1ヴァイオリンは壁に向かって演奏することになるので、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを逆にしているのです。

  ワーグナーは舞台の演技に集中させるために、オーケストラを舞台の下に潜らせ見えないようにしたと言われていますが、客席での響きも計算し尽くして、祝祭劇場を自ら設計したと思います。

  ちなみににオーケストラは普段着で演奏しています。

  

 この至福の響きを、なんとかバイロイト祝祭劇場のような特殊なオケピットを使わずにやりたい、というのが大きなきっかけで、デア・リング東京オーケストラを創設したのです。

 

    さらに詳しくは「ヒントはバイロイト配置」でご紹介します。

 

ⒸY.Nishiwaki 2017