DRT創設2つの動機


日本ワーグナー協会季報「リング」 寄稿文(2020年春号)

バイロイト・サウンドを求めてオーケストラを創る

西脇義訓

 

  2013年にデア・リング東京オーケストラ(以下DRT)を創設し、今までにCDを8枚制作してきた。第1弾はブルックナーの交響曲第3番《ワーグナー》、第8弾はブルックナーの交響曲第7番(6月新譜)で、ご存知のように第2楽章はブルックナーが終生敬愛したワーグナーへの哀悼の曲である。

メンバーは東京藝術大学、桐朋学園大学、東京音楽大学、武蔵野音楽大学、国立音楽大学などを卒業した若手の気鋭の奏者たち、名前はもちろんワーグナーの《ニーベルングの指環》(以下《リング》)に由来し、ワーグナーの先進性、独創性、開拓者精神を象徴している。

私は1971年に大学を卒業して日本フォノグラム(現ユニバーサルミュージック)に入社した。翌々年にカール・ベーム指揮による《リング》のバイロイト・ライヴLP16枚組が発売された際、全曲試聴のキャンペーンがあり、LP32面にレコード針を落とすという役目を担ったおかげで《リング》をじっくり味わった。目の覚めるような見事な演奏と録音に圧倒され、何週間も頭の中でライトモチーフが鳴り続けたのには閉口したが、すっかりワーグナー中毒に陥った。

しかし、解説書にあったバイロイトのオケ・ピットの構造からすると、客席ではこんな響きはしないのではとの大いなる疑問が湧いた。これを確かめるにはバイロイトへ行くしかない。私はある時期から周囲の人達に「バイロイトでワーグナーを聴くまでは死ねない!」と伝えていたおかげで30数年を経て2009年にはじめてバイロイトを訪れることができた。音楽祭初日の7月25日、着慣れぬタキシードに身を包み、硬い木の客席に座って今か今かと開演を待ちわび、ついに《トリスタンとイゾルデ》の前奏曲が始まった。指揮はペーター・シュナイダー。地から湧き上がり、天から降り注ぐ極上の響きに包み込まれていく。これぞ永年私が求めてきた理想のオーケストラの響きだ。深く舞台下に潜るオケ・ピット内でブレンドされた柔らかく、深く、荘厳なまでに美しい「至福の響き」だ。歌手たちもことさら声を張り上げている風ではない。

積年の疑問は一気に解消したが、バイロイトを体験しないでワーグナーの演奏や録音をするのはとても危険だと強く感じた。と同時に、バイロイト祝祭劇場のような特殊なオケ・ピットを使わずにバイロイト・サウンドを奏でることはできないか?と考えた。これがDRT創設の第一の動機である。

 

一方で私にはオーケストラの常識への疑問があった。オーケストラというと、指揮者を中心に半円形になって、指揮者の指揮に合わせて演奏する図を多くの方が思い浮かべるだろう。アンサンブル(合奏)を機能的に行うための最良の方法だと信じられてきたが、オーケストラには指揮者を頂点に、コンサートマスター、パートのトップもいて、上意下達で統制を取るところが結構多く、ピラミッド型の縦割りとも言える官僚的な構造になっているのではないか?

レコード会社に入ったおかげもあり、内外のオーケストラを数多く聞く機会に恵まれ、録音を通じて幾多のオーケストラの現場を見聞きし、自身でもオーケストラ活動を続ける中で、うまいけれど感動しない演奏に数多く接したこともあり、指揮者中心、視覚中心のオーケストラとは別のやり方があるのではないかと、新たなオーケストラのあり方を考え続け、実験的な試みもしてきた。

至福のバイロイト・サウンドに出会ったことと、オーケストラの常識への疑問の2つの動機が重なって、これは自分でやるしかないと思い定めDRTを創設したのである。そして2つの動機を結ぶのが「空間力」にあることに気づいていった。「空間力」は辞書にはない造語だが、ホールの空間を最良に響かせる演奏者の大切な能力であり、ホール自体の「空間力」もある。2つの「空間力」が一致した時に至福の響きに溢れる生き生きとした演奏が生まれるのではないか?

 

2009年のバイロイト体験をきっかけに4年程の準備期間を経て、まずはグレン・グールドのように録音に特化し、2013年にブルックナーの交響曲第3番《ワーグナー》を収録。5回目の録音の計画中に、DRTはホールで聞かないと真価がわからない、と演奏会を望む声がオーケストラ内外から多くあり、2018年の8月末に第1回公演と録音を同時に行うことにした。会場は三鷹の「風のホール」、曲はメンデルスゾーンの《イタリア》とベートーヴェンの交響曲第7番。幸い好評で毎日新聞「この1年」(回顧)で「公開演奏会で示されたその響きは、柔らかさ、色彩、音楽的な豊かさにおいて、驚異的な革命であった」と評された。(2018年12月18日毎日新聞全国版)

さらに昨年9月に第2回の公演を行った。会場は「空間力」を謳うDRTにふさわしい東京オペラシティコンサートホール。曲はシューベルトの《未完成》とブルックナーの交響曲第7番。《未完成》は高校2年の4月に、ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送交響楽団を聴き、あまりの天国的な美しさに鳥肌がたち、どうしてもオーケストラをやりたいと思い、チェロを始めるきっかけとなった思い出の曲だ。大学では慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラに入りオケに没頭した。

 

ブルックナーの交響曲第7番は私の大好きな交響曲で、DRT発足当初からの大きな目標だった。奇しくも公演当日の9月4日はブルックナーの195回目の誕生日だったし、翌日録音セッションを行ったのだが、9月5日は交響曲第7番がリンツ郊外の聖フローリアン修道院で完成した記念の日に当たった。

DRTはオーケストラの常識への疑問から発足したこともあり、弦はクァルテットの倍数、コンサートマスターやパートのトップは置かず、ボウイングは自由、さらに様々な配置も試みてきた。ブルックナー第7番では全員が前を向き、弦は各8人で1列目がチェロ、2列目がヴィオラ、その後ろにバイロイトのように第1ヴァイオリンを右翼、第2ヴァイオリンを左翼に2列配している。木管はバラバラにし、コントラバスと打楽器は左右に離し、メンバーの希望もあり立って演奏している。(写真参照)

6月にはブルックナーの第7番のCDを発売し、来年(2021年)早々にワーグナーの《ジークフリート牧歌》とモーツァルトの《リンツ》、9月にはブルックナーの《ロマンティック》他の公演を予定している。    

 

 

                  ブルックナー交響曲第7番の演奏風景

                              撮影:大原哲夫