空  間  力 

 

 

      皆さんは、「空間力」ということばを聞いたことがあるでしょうか?

 「聞いたことがあるようなないような?」

  ほとんどの方の反応だと思います。

  森鴎外はシンフォニーに交響曲という造語を充てましたが、広辞苑をはじめ全ての辞書に空間力の項目はないので、それに匹敵する世紀の造語かも?

    冗談はさておき、私は、かねがねオーケストラでもっとも大切なのは「空間力」だと考えてきました。

 ホール空間をひとつの楽器として鳴らすこと、あるいは聴き取ることができる演奏者の能力、あるいは感性、感覚のこととですが、同時に空間自体に備わった力も空間力と言えます。ホールを楽器と捉えればホールという楽器が響の差を生み出す大きな要因となるからです。

 空間力は、とりわけ指揮者には不可欠かつもっとも重要な能力です。

 もちろん指揮とオーケストラだけではなく、室内楽、ヴァイオリンやピアノ、オルガン、合唱や声楽を含めてすべての演奏家、そしてさらには私が長年たずさわってきた録音においても、空間力こそが命だと思います。

 

 サントリーホールがオープンしたのは1986年10月で、2.1秒の残響が話題になりました。

 内外のオーケストラが競って演奏しましたが、一番サントリーホールに適応したのはアバド指揮ウィーン・フィルでした。カラヤンが指揮する予定だったベルリン・フィルは、代わりに小澤征爾が指揮しましたが、少なからずホールが悲鳴を上げていたように感じました。

  日本のオーケストラも次々に登場しましたが、2.1秒の残響になれていないため、サントリーホールの空間を楽器としてうまく鳴らすことができませんでした。

 

 あれから早くも30年以上の年月が経過しました。

 ここ数年、日本のオーケストラは世代交代がすすみ、技術的にも音楽的にももはや世界の最高の水準にほぼ肩を並べたと言っても過言ではありません。

 サントリーホールにつづけとばかり、残響2.1秒のホールが北は北海道から九州まで数多くでき、内外のオーケストラが連日公演を繰り広げています。

 日本のオーケストラも2.1秒秒の響く空間に慣れ素晴らしい演奏も数多く聞かれますが、空間を活かしきれていない、むしろ無視した演奏も相変わらず少なくありません。

  空間力を生かしきるオーケストラの演奏法があるとの確信が私にはあり、いわばその仮説を立証するために設立したのが、デア・リング東京オーケストラなのです。